テーマ
縄文〜中世時代
(室町・戦国)
松前 大館〔徳山館〕
松前大館は、元々津軽十三湊を本拠として蝦夷地もその領有下としていた安東氏が、南部氏に攻められ、津軽を追われて蝦夷地に渡り、道南の拠点として造られた。しかし渡り党と呼ばれる和人に対し、1457年蝦夷地・原住民アイヌの蜂起が始まり、アイヌの首領・コシャマインとの戦いが激化し、当時12あった館の10館は陥落した。その後安東氏一族の争いやアイヌの攻防もあり、1513年には大館も落城し、上ノ国の勝山館だけが残った。コシャマインの乱を制した武田信広の長男で、知略にたけた蠣崎氏2代の光廣は、1514年上ノ国から大館に移り、徳山館を拠点として蝦夷地の支配を新たに始めていく。1606年(慶長11)に福山館(松前城)に移るまで蠣崎氏政権の拠点となった。現在の徳山大神宮の後方山手にあり、発掘調査はあまり進められていない。
周辺地図と近場の観光地
詳細情報
場所 | 北海道松前郡松前町松城371 |
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TEL | 0139-42-2275 |
駐車場 | 無 |